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越中国 論社

氣多神社

けたじんじゃ

越中国の一宮(論社)です。駐車場はあります。約100台、料金は確認できていません。

行きかた

富山県高岡市伏木一宮1丁目10−1

カーナビに入れる

電話番号
カーナビは電話番号検索がいちばん速い
緯度・経度
住所の番地まで国土地理院の住所検索で引いた点です。社殿そのものを測ったものではありません。
住所

駐車場

駐車場はあります。約100台、料金は確認できていません。

複数。氣多神社駐車場 30台/ふれあいの杜駐車場 40台+30台(大型バス可)。料金は確認できず

駐車場までルート案内

社殿ではなく駐車場を目的地にしています。この駐車場から社殿までは直線で約70mです(歩く道のりはこれより長くなります)。 この位置は OpenStreetMap のデータから推定したもので、現地で確認したものではありません。
OpenStreetMap の way/879575659(名称なし/住所の代表点から約68m)

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電車・バスで行くなら

■JR氷見線伏木駅から徒歩25分

公益社団法人高岡市観光協会の記載(気多神社|高岡市観光協会、2026-10-08 確認)。運賃・時刻・本数は載せていません。

由緒の要点

創建
社伝では養老元年(717年)元正天皇の御代に勅願されたと記す
創建
越中国から能登国が分離した頃、能登から改めて分霊を迎えて再興したと記す
社殿
寿永の末(1184年)木曾義仲の兵火で、社寺がことごとく焼失した
社殿
正保二年(1645年)加賀前田家三代前田利常が、荒廃していた本殿・拝殿などを再築した

神社の公式サイトの由緒から、年代と出来事だけを短くまとめています(紹介 - 越中國一宮 氣多神社 | 富山県高岡市伏木、2026-10-08 確認)。 伝承は伝承として書いています。全文は出典でお読みください。

祭神

公式サイトは「主祭神 大己貴命(おおむなむちのみこと) 奴奈加波比賣命(ぬなかわひめのみこと)」「相殿 事代主命(ことしろぬしみこと) 菊理媛命(くくりひめのみこと)」と記す。読みは公式表記のまま(「おおむなむち」「ことしろぬしみこと」)。

表記は公式サイトのまま。

国指定の文化財

気多神社本殿
重要文化財 1棟
三間社流造、向拝一間、こけら葺
昭和6年1月19日 指定/室町後期

出典:国指定文化財等データベース(文化庁)。県・市の指定は含みません。 一宮の文化財をまとめて見る

祭り

例祭

春季例大祭
4月18日
氣多神社 公式(年中行事)「春のはじめにあたり、国の隆昌と皇室の弥栄、併せて氏子・崇敬者の幸せを祈ります。」

主な年中行事

左義長
1月第2土曜日
氣多神社 公式(年中行事)
にらみ獅子
4月18日
春季例大祭の中で神輿渡行後に奉納される。市指定無形民俗文化財
氣多神社 公式(年中行事)
秋季例大祭
9月25日
公式には名称のみで説明文なし
氣多神社 公式(年中行事)

4月の一宮の祭り

近くの一宮

いちばん近い一宮は射水神社で、 ここから南へ直線で約6.0km、同じ越中国の社です。 次いで高瀬神社(南へ約27km)、氣多大社(北西へ約29km)。

この社は、モデルコース「能登・越中・加賀の一宮 1泊2日」の順路に入っています。

距離は社殿どうしの直線距離で、道のりではありません。山や海を挟む社は、道のりがずっと長くなります。

一宮とされる根拠

社の自称

神社が自ら一宮を称していますが、典拠となる史料は示されていません。

全国一の宮巡拝会の一覧図に掲載されています。

公式サイトが「天平4年(732)能登国一宮 気多大社より御分霊を勧請され、越中國一宮氣多神社となる」「延長5年(927)当社は、越中国三四座の名神大一座として神名帳に登載される」としている。射水神社も自社を「越中唯一の名神大社」としており、両者の主張は両立しない。

越中国のページに、この国の一宮の状況をまとめています。

社格

旧国
越中国(北陸道)
所在
富山県
一宮
論社
延喜式
名神大社
旧社格(1871〜1946年)
県社

出典

公式サイト

神名の表記・祭りの選びかた・旧社格・座標の精度など、各ページ共通の決めごとはこのサイトについてにまとめています。

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