神社ナビ Jinja Navi

豊後国 一宮

西寒多神社

ささむたじんじゃ

豊後国の一宮です。駐車場はあります。約80台、料金は確認できていません。社務所は16:30までです。

行きかた

大分県大分市大字寒田 1644

車で行くときの注意

公式サイトの注意書き:「ナビに電話番号を入力し、位置情報を取得した場合正確な位置を示さない場合があります。住所を入力して位置情報を取得しますと正確な情報でご来社いただけます。」

カーナビに入れる

電話番号
この社は電話番号では正確な位置が出ないことを公式が案内しています。下の住所で入れてください
緯度・経度
住所の番地まで国土地理院の住所検索で引いた点です。社殿そのものを測ったものではありません。
住所

駐車場

駐車場はあります。約80台、料金は確認できていません。

公式サイトの「概要」に「駐車場 80台」とあります。料金の記載はありません。位置の説明は公式にないため、現地の案内に従ってください。なお神社の北側には「神職専用駐車場」があり、参拝者は利用できません。

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社務所・授与所の受付時間

9:00-16:30

一宮の受付時間を、終わるのが早い順に見る

電車・バスで行くなら

大分駅前3、4、5番のりばから、寒田(そうだ)・ふじが丘行き、または、光吉・ふじが丘行きで約30分。『ふじが丘南』バス停下車、徒歩約15分

神社の公式サイトの記載(西寒多神社 公式サイト アクセス、2026-10-08 確認)。運賃・時刻・本数は載せていません。

由緒の要点

創建
社伝では、神功皇后が三韓からの帰途に西寒多山(本宮山)へ白旗を立てたのが始まりと伝える。
創建
応神九年、勅を受けた武内宿禰が豊後国に下って宮殿の建立に当たったと伝える。
歩み
7世紀中ごろ、藤原鎌足が霊夢のお告げを受けて参拝したと伝える。
遷座
応永15年(1408)3月、大友家第十代が社殿を山麓の現在地に遷した。

神社の公式サイトの由緒から、年代と出来事だけを短くまとめています(由緒・歴史|西寒多神社、2026-10-08 確認)。 伝承は伝承として書いています。全文は出典でお読みください。

祭神

公式サイトは「当社は、日の神天照大御神、暦の神月読尊を奉り又龍神が住む社と云われ、古来より雨乞い、晴れ乞い等の重要な祈願を事ある度に行って参りました」と記す。公式サイトの由緒・歴史ページおよび概要ページには祭神名の記載はない。

表記は公式サイトのまま。

祭り

例祭

例祭
4月15日
西寒多神社 公式(祭典・御祈願)「例祭 (4月15日)」

主な年中行事

ふじまつり
5月3日-5日
神殿祭、育木祭、慰霊祭、水神祭、勧学祭
西寒多神社 公式(祭典・御祈願)
本宮春祭
3月20日
西寒多神社 公式(祭典・御祈願)
本宮秋祭
10月20日
西寒多神社 公式(祭典・御祈願)
夏越祭
7月最終日曜
西寒多神社 公式(祭典・御祈願)

4月の一宮の祭り

近くの一宮

いちばん近い一宮は柞原八幡宮で、 ここから北西へ直線で約8.9km、同じ豊後国の社です。 次いで宇佐神宮(北西へ約45km)、阿蘇神社(南西へ約51km)。

この社は、モデルコース「豊前・豊後の一宮を1日で」の順路に入っています。

距離は社殿どうしの直線距離で、道のりではありません。山や海を挟む社は、道のりがずっと長くなります。

一宮とされる根拠

社の自称

神社が自ら一宮を称していますが、典拠となる史料は示されていません。

全国一の宮巡拝会の一覧図に掲載されています。

公式サイトが「豊後一ノ宮 西寒多神社」を掲げ、貞観10年(869)の神階、延喜5年(905)の延喜式神名帳での式内大社、明治4年の国幣中社を挙げている。ただし大分市・大分県の公式ページに一之宮の表記は確認できていない。

  • https://sasamuta.com/history(2026-09-09 確認)
  • 全国一の宮巡拝会『全国一の宮神社所在地』(平成30年5月・改訂版 第4版)(2026-09-09 確認)

豊後国のページに、この国の一宮の状況をまとめています。

社格

旧国
豊後国(西海道)
所在
大分県
一宮
一宮
延喜式
名神大社
旧社格(1871〜1946年)
国幣中社

出典

公式サイト

神名の表記・祭りの選びかた・旧社格・座標の精度など、各ページ共通の決めごとはこのサイトについてにまとめています。

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