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陸奥国 一宮

都々古別神社(馬場)

つつこわけじんじゃ ばば

陸奥国の一宮です。駐車場はありません。

行きかた

福島県東白川郡棚倉町棚倉字馬場39

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電話番号
カーナビは電話番号検索がいちばん速い
緯度・経度
この座標は社殿を指していません。国土地理院の住所検索が「福島県棚倉町大字棚倉馬場」までしか解決しないため、その区域の代表点です。社殿とはずれています。上の電話番号か住所で入れてください
住所

駐車場

駐車場はありません。

神社の駐車場はなし。棚倉町役場北側の駐車場を利用(徒歩約6分)

電車・バスで行くなら

【最寄り駅】JR水郡線およびJRバス関東 磐城棚倉駅(いわきたなぐらえき)下車→徒歩17分(約1.1km)タクシー4分

市町村の公式サイトの記載(都々古別神社(馬場)|棚倉町、2026-10-08 確認)。運賃・時刻・本数は載せていません。

由緒の要点

創建
日本武尊が東奥鎮撫の折、建鉾山に鉾を祀ったのが始まりとされる
遷座
大同2年(807)坂上田村麻呂が現在の棚倉城跡に奉還し、社殿を造った
社殿
本殿は文禄3年(1594)に佐竹義宣が造営したとみられる
遷座
寛永2年(1625)棚倉藩主丹羽長重が棚倉城築城に際し、現在地へ遷した

市町村の公式サイトの由緒から、年代と出来事だけを短くまとめています(馬場都々古別神社 | 町まるごと博物館 | 棚倉町公式ホームページ、2026-10-08 確認)。 伝承は伝承として書いています。全文は出典でお読みください。

祭神

棚倉町(福島県東白川郡棚倉町棚倉字馬場)の公式ページは「祭神は味耜高彦根命と日本武尊を祭ります」と記す。町の説明では、日本武尊が東奥鎮撫の折に関東奥羽の農業神である味耜高彦根命を地主神として祀ったのが始まりで、大同2年(807)坂上田村麻呂が現在地に奉還した際に日本武尊を合わせ祀ったとする。神社の公式サイトは確認できなかった。

公式サイトで確認できず、県神社庁・自治体の表記による。

国指定の文化財

都々古別神社本殿
重要文化財 1棟
三間社流造、銅板葺
平成26年12月10日 指定/桃山
赤絲威鎧残闕
重要文化財
銅鉢
重要文化財
長覆輪太刀〈中身無銘/〉
重要文化財
長覆輪太刀〈中身無銘/〉
重要文化財
都々古別神社の御田植
重要無形民俗文化財(民俗芸能)
都々古別神社の御田植
記録作成等の措置を講ずべき無形の民俗文化財(民俗芸能)

出典:国指定文化財等データベース(文化庁)。県・市の指定は含みません。 一宮の文化財をまとめて見る

祭り

例祭

例大祭
例大祭(9月上旬)
棚倉町 公式(観光スポット/馬場都々古別神社(陸奥一宮))「例大祭(9月上旬)」

9月の一宮の祭り

近くの一宮

いちばん近い一宮は都々古別神社(八槻)で、 ここから南へ直線で約4.1km、同じ陸奥国の社です。 次いで石都々古和気神社(北東へ約14km)、伊佐須美神社(北西へ約67km)。

この社は、モデルコース「陸奥南部と岩代の一宮 1泊2日」の順路に入っています。

距離は社殿どうしの直線距離で、道のりではありません。山や海を挟む社は、道のりがずっと長くなります。

一宮とされる根拠

公的な記載あり

自治体・県神社庁など公的なソースが一宮として記載しています。

全国一の宮巡拝会の一覧図に掲載されています。

棚倉町が「都々古別神社は陸奥一宮として崇拝されてきた古社」とし、延長5年(927)に「奥羽國白河郡名神大一座『都都古和氣神社』」として記録されたとしている。八槻の都々古別神社も同じ式内社を根拠としており、町はどちらとも決めていない。

陸奥国のページに、この国の一宮の状況をまとめています。

社格

旧国
陸奥国(東山道)
所在
福島県
一宮
一宮
延喜式
名神大社
旧社格(1871〜1946年)
国幣中社

出典

神名の表記・祭りの選びかた・旧社格・座標の精度など、各ページ共通の決めごとはこのサイトについてにまとめています。

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